流行には関係ないと豪語しているひとでも、会社員でも、スーツというステレオタイプを守って、しっかりカテゴリーの中に身をおいている。
そのカテゴリー内の制服に身を包んで規則にしたがっているようなもの。それはファッションの決まりごとをしっかり踏襲してこそできる着こなし。
ネクタイはしなくてもシャツが脱げることはないのだ。ベルトをしなくたって、ズボンがずり落ちることもないのに、ネクタイを締め、ベルトをするのは、もはや機能ということは捨て置かれているではないか。
きちんと皆がそうするものだから私もみなと同じファッションに従うという制服がスーツであり作業服でありユニフォームである。
ファッションは関係ない、きにしないと 言っているひとでもそのユニフォームをまといながらそのなかでよりかっこよくみえるようにと知らず知らず着ているものではないでしょうか。仕事上着けられる指輪かどうか、しっかりシンプルなものを選び着けていると思うのです。

絵の世界にイノベイターみたいな作家を見ました。
東京オペラシティーで、谷川俊太郎展をみたついでに2階に展示されていた若手と言われる作家の作品で、絵だと思って見て見てもよく見えない、色褪せた絵具が画面を指でにゅるにゅる這わせただけのような、でも抽象画ではない、何か風景的なものが描かれているから、絵のカテゴリーなんだろうなという絵がいっぱいあって。
宮本穂積展
絵画というものは何か風景なら遠近法を使って写真を絵具を使って描かれたようなものが普通だと誰もが思っているけれど、その遠近法を使うもんかと、独自の方法で描いている絵でした。一歩抜けた作家なのかと思います。

そしてイノベイターで想い起こすと戸谷成雄さんの彫刻が鮮明に蘇ります。角柱のような木を、チェーンソーでガンガン彫って切りこみを入れていって、塊から木に形を与えていくような、形が生まれてくるような、表面がどこで中身がでてきそうで、でも全部表面なのにその境目がどこかわからないような作品が忘れられません。

ステレオタイプから抜けだそうとしても、服は着ないと社会には居られません。服を着ないで裸だったとしても、今度はその肌を細工し、髪を染め、耳に穴をあける。
杉本博司展 ハダカから被服へ 原美術館